整形前夜

整形前夜

整形前夜

私たちが揃って安全に「生き延びる」ためには、新聞の記事に限らず多くの場面で言葉を殺す必要がある。殺し方のルールとしては「5W1Hをはっきりさせろ」とか、「結論から述べよ」とか、「空気読め」(これ自体は意外性のある詩的な表現だが)とか。学校教育や社員研修や飲み会の席で、我々はこれらのルールを学び続ける。全ては「生き延びる」という大目的に向かって言葉をツール化するためだ。
また「生き延びる」ための効率上、「次の一瞬に全く無根拠な死に見舞われる可能性」などは丁寧に隠蔽される必要がある。今まさに死に直面した人間の目に映る一万円札はただの紙切れだが、全ての人間がその目をもっていては社会が成立しない。お金はちゃんとお金にみえないと困るのだ。
というわけで、生に対して本質的に唯一の未知性である死の匂いを忘れた人間の言葉からは意外性が消える。死から遠ざかることで詩からも遠ざかるわけだ。そんな私たちは意外な言葉に出会うと不安になってしまう。死の匂いを嗅がされた気がするから。その不安を忘れるために「今すぐ全てがうまくいく方法」という本を読むことにする。まずは「生き延びる」ことだ。「生きる」のは明日でいい。こうして「生きる」は一日ずつ後ろにずれてゆく。